すずひらのブログ

気の向くままに書き散らしてるブログ

川越へ遊びに行った / pairs再開したくなった / ツイート頻度が落ちた

9月5日(土)
大好きな川越へ遊びに行った。川越まで数駅で行ける今の住環境をとても気に入っている。川越は本当に素晴らしい。田舎のくせに一通り買い物も飲食店も揃ってる点に加えて、歩いて楽しい小江戸も有している。池袋より川越が近い今の地域に引っ越して以来、埼玉県民の聖地・池袋へはすっかり行かなくなってしまった。用事は川越で済むし、川越のほうが雰囲気が上品だし、川越のほうが人も少ない。池袋はもう用済み。

川越で何をするかというと、特別なことは何もしない。カフェで読書したりブログを書いたり美味しい物を食べたりゲームショップを見て回ったりアニメイトの空気を吸いに行ったり、ひたすらクレアモールをぶらぶらしたり。涼しい時期は小江戸まで足を延ばして風情に浸ったり。それだけ。それが楽しい。

 

基本的に夜は毎日寂しさが込み上げてくるのだけど、とりわけ土曜日の夜は寂しさが高まる。寂しいけれど一人が好き。でも寂しい。でも一人が好き。人と一緒に住んだりなんか絶対に無理。でも寂しい。この無限回廊内で脳が迷子になっている。自分の拗らせている性格が嫌だ。相反する感情の板挟みになりながらオロオロとしていたらいつの間にか35歳という年齢に達していた。35歳ってもういい大人どころかオジサンと呼ばれる年齢ですらあるにも関わらず、僕は精神的に高校2年生ぐらいの感覚で未だに生きている。それなりに経験は積んだし知識も身に付けたけど、本質的な人間性や価値観が高校2年から変わっていない。

 

9月6日(日)

前日の寂しさを引きずり、pairsの無料アカウントでなんとなく女性のアカウントを色々と眺めていた。で思った。「あ、これは今の俺にはとても無理」と。過去に散々マッチングアプリはやってきたけど、もう当時のエネルギーはない。最初から「付き合う相手としてどうか」という目線で互いを評価し合う場が心的にしんどい。常に評価し合いながらマッチング→メッセージ→合う→合う→合う→付き合う、みたいな行動はもうできない。誰かと付き合うことが目的なら頑張れるかもしれないけど、別に付き合うことが目的でもない。後悔しない人生にしたいだけだ。そしてその目的に至る道は、そもそも誰かと付き合うことではないかもしれないし、誰かとパートナー関係を結びたいと結論付けたとして、その手段はマッチングアプリではない。過去の経験から学んだ。

能力的には、pairsのような仕組みは僕には向いていた。確実に男の平均を超えたメッセージ作成力・それなりに整った見た目・最初のうちだけ優れたコミュ力。自分で言うのもなんだけど。だから付き合うまではスムーズにいく。でもその後にすぐ破綻する。臆病さゆえに最初の僕はほぼ偽の人格で作った仮面を被ってるし、人と距離を取りたい気持ちや人に心を許しきれない本来の面も時間と共に隠せなくなってくる。完全なる赤の他人と互いを評価しあう場からのスタートだと、このような自分の拗らせた面が悪さをする。実体験として散々痛感した。

 

この日の夜は懐古モードにスイッチが入り、懐かしいライブ映像を4時間ぐらい見続けた。hideのソロライブとLUNA SEAとMALICE MIZER。90年代後半のビジュアルシーン。懐かしいし、今聴いてもこの辺りの人たちって音楽的に優れたことをやっていたと思う。音楽は素人だから専門的な話は知らんけど、奥が深いというか、何回聴いても新しい魅力を発見できる。

懐古ではないけどビジュアル系繋がりでVersaillesのライブも見直した。Versaillesはビジュアル系というよりひたすらメタルな曲調で演奏力も抜群だからライブは見応えがある。ツインギターのハモリ聴いてると鳥肌立つ。

 

9月7日(月)

仕事を適度にサボりながら『人類が知っていることすべての短い歴史』を読み耽った。所々で難しかったり沢山の科学者が登場して誰が誰だか分からなくなるけど、その辺は雑に読み飛ばしながら、ワクワクする壮大さを堪能している。この本を読んでると時間を忘れるし現実も忘れる。本を読みながら宇宙や原子の世界をイメージしていると、目の前にある仕事が益々どうでもよく感じられてきて、サボり具合が加速していった。

 

具体的にいつからかは思い出せないけど、数日前頃からツイッター利用頻度が落ちている。別に意識して利用頻度を落としたわけではなく、自然とそうなっている。今年6月後半にツイッターを始めて以来1日30ツイート・多い日は100ツイートぐらいしつつ、5分に1回レベルで何度もチェックしている状態が続いていた。いわゆるツイ廃の入り口に立ちかけてた。でも今は1日10ツイートするかしないか。見るのも1日に5,6回程度へと急減した。

何でかって理由を考えてみたところ、やはり断酒の影響だと思う。酒ばっか飲んでた頃は酒で心と体のエネルギーを9割消費しているから、140字以内の短いテキストで発信したり発信されたり絡んだりする雑さ手軽さが丁度よかった。酒の影響で鬱々としているから、似たように鬱々とした人たちのつぶやきを読むと「自分だけではないんだ…」と安心していた面もある。

でも今日で断酒24日目。日に日に酒以外のことで楽しめるようになってきている。だからやりたいことが色々ある。読みたい本・聴きたい音楽・見たい映画・やりたいゲーム。腰を落ち着けて140字を超えた思考もしたい。だからツイッターの利用頻度が落ちたのだと思う。

あれ、でも土曜の夜はツイート連発したな。寂しさが高じて。寂しくなったり、鬱々としてきたりするとツイッターに依存する傾向がある気がする。ブログのような長い文書を書く気にはならないし本も読めない、でも僕には140字世界のツイッターが味方なんだ!そんな感じになる。おわり。