すずき

気の向くままに書き散らしてるブログ

もっとアウトプットしていこうと思う

インプットばかりしてても仕方がないよな、と思った。今の世の中、インプット材料は掃いて捨てるほどある。アニメ・映画・漫画・小説・本・ネット・音楽などなど。これらコンテンツをインプットし続けて平和に楽しみながら一生を終えていいわけだし、僕もそうするつもりだった。インプットコンテンツでエンタメを楽しんだり知識欲を満たしたりしながら世界の片隅でひっそりと一生を終えるのが僕の人生設計のつもりだった。

でも人間というものはそんなに甘くはなかった。人間の本能には「他者との交流を求める」という面がある。「俺はずっと1人でも大丈夫」と若い頃は思っていたが、30代も中盤を迎えると寂しさが増してくる。やはり他者との交流はしたい。一方でインプット一辺倒な生活は他者との交流が不足しがちになる。なぜならインプットは孤独な営みだからだ。原則としてインプットは一人で行われる。たとえ誰かと一緒に映画を見ようとゲームをしようと、自分の脳に情報を入れる行為自体は孤独な作業になる。インプットは孤独だ。そして他者との交流が不足していき、次第に本能の部分で辛さを感じるようになる。その本能による辛さを最近頻繁に感じるようになった。

ではどうするかというと、「アウトプット」だろう。それしかない。アウトプットこそがこの辛さを解消し今後の人生を楽しいものにする唯一の方法だと思う。アウトプットを通じて他者と交流し、本能の部分で感じる辛さを和らげる。

今やインターネットの力により誰もがアウトプットできる。アウトプットする内容はなんだって構わない。やらないよりはやったほうがマシだ。0よりは1。たとえゴミツイートの量産であったとしても、ただインプットだけに終始するよりは人生を楽しめるはずだ。100人に向けてアウトプットをし、90人が無関心で、9人には嫌われて、残り1人に少し刺さる。その程度でいい。0と1の違いはとても大きい。

インプット一辺倒で自分1人だけの世界で孤独に生き続けるのか。それとも100人に届けて9人に嫌われて1人に少し刺さるアウトプットをしていくのか。僕は前者を選ぶつもりだったが本能に抗えないと悟り、やっぱり後者を選ぶことにした。アウトプットを通じて他者との関わりをもちたいからだ。ということで久しぶりにまたブログを書いたし、Twitterももう少し真面目に書こうと思う。

とはいえインプットも引き続き沢山していきたい。インプットした内容が脳内で混ぜ合わさり、それらを材料にアウトプットができるのだから。

「インプットして楽しみながら、それらを材料にアウトプットもちゃんとして、アウトプットを通じて人と関わる」

こんな生き方をしていきたい。