すずひらのブログ

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げんしけん オタクコンプレックス編の感想

マンガ『げんしけん』のオタクコンプレックス編が大好きで再読したので、感想を書く。

ちなみにオタクコンプレックス編というのは僕が勝手に呼んでいるだけの名称だ。具体的にどの範囲を指しているかというと、笹原入学(物語の開始)から斑目・田中・久我山の卒業まで。この中で描かれているのは、「一般人ではなくオタク」である自分へのコンプレックス、さらに同じコンプレックスを持った人たちで仲間を作りたい欲求、そしてそんなオタクの消滅である。

オタクの消滅を描いた傑作マンガ

げんしけんのオタクコンプレックス編では、90年代や00年代中盤ごろに存在したオタクコミュニティの空気感を再現している。たかが趣味なんだけど自分にとっては特別なものでアイデンティティに直結している。でも世間的には恥ずかしい趣味なのでコンプレックスがある。だからこそ仲間がほしい。僕もこういうオタク界隈の空気を吸いながら貴重な思春期を過ごしてきた。

で、げんしけんでは「一般人とは異なるオタクの生態」を序盤から丹念に描いていくんだけど、回が進むごとに少しずつだけど一般人とオタクの境界が曖昧になっていく。これは連載当時の現実世界とリンクしている。げんしけんのオタクコンプレックス編が連載されていた00年代は、オタクが特別な存在ではなくなっていった時期だった。

この変化をげんじけんでは、一般人の象徴である咲ちゃんのオタク慣れと、オタク連中の咲ちゃん慣れって形で描かれている。最後のほうなんてオタクうんぬん関係なく普通に友達になってるからね。高坂がいなくても斑目や笹原と咲ちゃんが楽しそうに雑談してる。

このちょっとずつの人間関係の変化がすごーく楽しいんだ。元々は異なる人種だった両者の橋渡しをしたのが、超オタクだけどそれに対して何のコンプレックスも持っていない高坂なのも面白い。高坂はまさにオタク消滅後の趣味人だね。時代を先取りしていた。

オタク連中の趣味が変わったわけではない。作中では一貫してアニメを語ったり同人誌を買い漁ったりエロゲーで抜いたり。卒業式でもアニメ語ってるもん。だから趣味は全く変化していない。にも関わらず徐々に、オタク趣味を持っているっていうそれだけに対するコンプレックスはどんどん減っている。完全にコンプレックスが無くなったわけではないけど、「別にまあ趣味だよね」という状態に寄っていっている。

この変化を追うのが楽しすぎるから、僕はげんしけんのオタクコンプレックス編が大好き。自分自身が経験した「オタクにコンプレックスとアイデンティティ→別にただの趣味」という心境変化を思い出して感慨にふけることのできる傑作マンガだ。

一般人とオタクって境界が存在していた時代にオタクだった人にはとてもおすすめなマンガだ。1巻から6巻までがオタクコンプレックス編に該当する。まああまりに有名な作品なので多くの人は読んでそうだけど。

オタクコンプレックス編以降のげんしけん

オタクコンプレックス編以降のげんしけんは、明確にテーマが変わっている。オタクが特別な存在ではなくなり、あまりコンプレックスも感じない。※荻上の場合はオタクのコンプレックスではなく、単なるトラウマ。オタク云々は関係ない

そんな元オタクの趣味人もモラトリアム期間が終わって会社員となり、趣味や世間との付き合い方を模索していく。そんな姿を斑目を通して描いていると僕は読んでいて、これはこれで面白い。つまり結論としては、げんしけんは全巻面白い。以上。